三日月クラシック | ルドルフ・ヌレエフの極めて個人的なファンブログ(だった)。作品リスト、伝記原文比較等

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Posted by ミナモト on  | 

オペラ座関連書籍【4月6日ちょっと追記】

とってもご無沙汰しております…。図書館でオペラ座関連本を借りたのでちょっと覚書をば。
まだ殆ど読めてないので、普通に的外れなこと書いてるかもしれないけど許してね。あとから加筆訂正するかもしれません。
【4/6 ちょっと加筆しました。久々の更新が嬉しくて色々と先走りすぎた】

★パリ・オペラ座 フランス音楽史を飾る栄光と変遷 (竹原正三著/芸術現代社)
 オペラに造詣の深いフランス在住の著者によるオペラ座レポート集。バレエ関連の記述はかなり少ないんですが、ヌレエフ時代のオペラ座バレエについて3ページほど触れられてます。割と好意的。
デュポンは87年から「客演エトワール」という特殊な位置にいたんですね。ヌレエフとの確執が原因だとよく言われますが、ヌレエフはナンシーバレエで監督やってるデュポンに電話して「いつ私をそっちで踊らせてくれるの?」とか言ったそうです(デュポンの自伝より)。……。これが噂のAKY(死語)か。
【追記】さすがに3ページってことはなかった。オペラに関する記述の方がずっと多いのは確かだけど、バレエにも結構触れられてます。

★パリ・オペラ座 夢の聖堂の秘密 (ミッシェル・サラザン著・木村博江訳/音楽之友社)
 フランスのジャーナリストによるオペラ座物語。面白そうなんだけど、バレエ団に対する視線が若干スキャンダルっぽいのが気になる。ジャーナリストが書くとどうしてもこうなってしまうのか。
バレエは清く正しく美しいものなのですなんて言う気は毛頭無いけど、必要以上に「妖しげで普通ではない世界」として捉えるのもなんか違う気がするの。ゲージュツなんて、多かれ少なかれどっか歪んでて当たり前なんじゃないですか? あと、ルグリとギエムが結婚してたって超初耳です……。付き合ってたって噂なら聞いたことあるけど。
それでもヌレエフに関する記述は興味深いですね。芸術監督就任当初、ダンサーの昇進コンクールを廃止し、さらに階級を3つ(エトワール、ソリスト、コールド)に減らすことを要求したとか。
他のバレエ団でもそんなシンプルな階級制度ってなかなかないと思うんですが、それを歴史と伝統のオペラ座でやろうとするあたりはさすがヌレエフ(笑)。そんなこと言ってるから煙たがられるんだと思う。
階級の数はともかくとして、コンクール制度に歯痒い思いをしたらしいことは確かに他の本でも読んだ気がするなあ。自分がいいと思ったダンサーを昇進させられないというのはストレスでしょうね。
もうひとつ目新しかったのが、ヌレエフの要望によってオペラ座内に新しい大きな練習スタジオが作られたということ。それまでオペラ座ではバレエスタジオの数が充分ではなかったそうです。オペラ座のレッスン場にはいちいち名前がついていたはずだけど、出口の丸天井の下のスタジオってどこだろう。
【追記】なんか言いすぎた気がする。でもやっぱり微妙な悪意まじりの好奇の目を感じるんだよなあ。それくらい私にもあるけど。

★パリ・オペラ座のエトワール (ジェラール・マノニ、ピエール・ジュオー著・石井洋二郎訳・コレット・マソンほか写真/新書館)
 17人のエトワールのインタビュー集。ヌレエフ本人の記事はありませんが、ダンサーたちの言葉の端々にヌレエフの存在が見え隠れしてます。白黒ですが、ヌレエフの舞台写真も何枚か。
しかし、シャルル・ジュドのページが丸ごと破り取られていたのは痛いです_ノ乙(、ン、)_
ヌレエフの片腕といっていいほど近しい人だったから、特に楽しみにしてたのにな……。ひどい。
【追記】国内版の出版年が1986年だったので普通に勘違いしてたのですが、原書は1982年発行なのでヌレエフ監督時代とはかぶってません。道理であんまりヌレエフ世代じゃないと思った……

Category : バレエ雑記
Posted by ミナモト on  | 2 comments 

-2 Comments

Telperion says..."No title"
こんにちは。この記事を読み、「そうだ、図書館に行けば読める本もあるんだ」と今さら気づき、最寄りの図書館に行ってみました。検索端末にためしに「パリオペラ」と入力したら、なんと「パリ・オペラ座のエトワール」がその図書館にあることが判明! 本棚に出向いて見つけ、「ジュドが若いっ!ルディエールも若いっ!ロルモーがいっぱい!」などと心の中で騒いだのでした。3冊のうち他2冊を読むには近隣の他館から取り寄せる必要があるので、一番食指が動くこの本をすぐに読めたのは本当に運が良かった。ミナモトさんのご紹介に感謝です。

ミナモトさんが借りた本の損壊は本当に残念でした。こちらの本は幸い無事なので、ご質問があれば何なりと。ジュドの章に目を通したところ、ヌレエフの写真はなく、インタビューでもヌレエフは触れられていませんが、本文では2か所にあります。まず、章の冒頭はこうです。

期待を裏切ることのない選択というものは確かにあるようだ。バレエ・ダンサーたちは誰よりもよく、ダンサー内での自分の位置を正しく評価し、似た者同士、ひとつに集まることができるらしい。1974年6月、パリ・オペラ座バレエ団がパレ・デ・スポールで行った公演で、ルドルフ・ヌレエフがポール・テイラーの『オレオール』に出演したが、そのおりにヌレエフの傍らで男性の準主役を踊ったのが、驚くべき肉体をもったひとりのコリフェであった。背が高くて、生き生きとしていて、柔軟で動きは正確。シャルル・ジュードはこの時すでに、やがて彼に大成功をもたらすことになる自在な能力と、輝くばかりの力を深く印象づけていたのだった。その次のシーズンに、グレン・テトリーの手になる新作バレエで、主役トリスタンを踊ることになったヌレエフは、自分の代役としてシュジェに指名されたばかりのシャルル・ジュードに白羽の矢をたてた。この挑戦を見事に受けて彼の見せた演技は、一年も経たないうちにプルミエ・ダンスールへの指名をもたらした。

あとは、1973年シーズンにガルニエで初めて成功を博したという記述の後にこう続きます。

このすぐ後にやってくるのが先に述べたヌレエフとの出会いであり、この時以来、バレエ界では誰もが羨むエトワールの地位にのぼっていくことは、ほぼ決定的となったのである。

Solway本が予定日よりだいぶ早く到着したため(amazonマーケットプレイスに注文し直してよかった)、「パリ・オペラ座のエトワール」をきちんと読めるのはずっと先になりそうですが、とても読みごたえがありそうな本です。ルディエールが2010年2月ごろのインタビューで「ヌレエフはコールドバレエだった私に役を与え、エトワールに昇進させてくれた」と語っているのですが、本の末尾の年表で1979年の「マンフレッド」と1981年の「ドン・キホーテ」を見つけて納得。あと、1988年にモーランが任命された後はエトワールは合計18人だと気づいたり(エトワールの引退は年しか分からないのがほとんどなので、どうしてもカウントは大ざっぱにならざるを得ませんが)。謎なのが、Jean-Pierre Franchettiの章にどう見てもヌレエフ版「ロミオとジュリエット」の写真があること。この本は1982年に書かれたはずですが(1983年に任命されたFrancoise Legreeの章がないので)、オペラ座初演が1984年の「ロミオとジュリエット」の写真をわざわざ追加?

昇進コンクールの廃止を試みたことや練習スタジオについては、Kavanagh本にも記載がありますね。ヌレエフとパリ・オペラ座バレエをこよなく愛する批評家Patricia BoccadoroがKavanagh本を"the section on the Paris Opera Ballet is incomplete "と評していますが、それでも情報量はさすがです。Solway本ではそこまで書いていませんが、これがまた密度の濃い本で、1ページあたりの文字数もかなりなもの。読み進めるのは長い旅になりそうですが、読むといちいち面白くて、どの章から読めばいいか迷い、本を手に取るたびにあちこち飛び移っています。

ところで、ヌレエフ財団サイトに「1983年から86年まで定員の空きがなかったので、イレールとルグリはプルミエ・ダンスールに昇進していなかった」という記述がありますが、フランス語のバレエ掲示板へのある投稿記事によると、1984年はプルミエ・ダンスールの空き1席をイレールやルグリ、さらにはロモリやヴ=アンなどが争ったとか。この4人は全員落選したことになりますが、昇進者の名前までは書いてありませんでした。どちらが正しいのか分かりませんが(掲示板投稿者はパリオペ事情通で、公開前のキャスト情報などを別の掲示板によく落とす方らしいので、私はこちらを信じたい)、どちらにしても確かにヌレエフがいらいらしそうな状況です。
2011.03.31 | URL | #lAnR/NdU [edit]
ミナモト@管理人 says..."Re: No title"
わー、本の内容のフォローありがとうございます! 私は図書館はしょっちゅう利用するのですが、ここまでひどい欠損は初めてだったのでびっくりしてしまいました…。
ついでに原書の出版年にも気付いていなかったので、「なんかあんまりヌレエフ世代じゃないなあ」とか不思議に思ってました(笑)。それでもあちこちに名前が出てくることに、当時のヌレエフの影響力を感じますね。ジュドだけでなくルディエールも早い時期に見出していたとは。
『ロミオとジュリエット』の写真は、1986年のオペラ座日本公演のものを国内版向けに追加したのではないかと思います。ロミオがルグリだし、写真家クレジットに瀬戸秀美氏が入っているので。

海外伝記の情報も気になります。オペラ座監督時代は比較的最近のことなのだから却って調べやすそうに思えるのですが、そんなこともないのでしょうか。なんにせよ、私も頑張って読み進めねば!
プルミエ・ダンスールの話は本当だったら凄いですね。その錚々たるメンバーの中を勝ち抜いたダンサーって一体…? 当時のダンサーの顔ぶれを調べてみたいですね。
そういえば、ヌレエフのコンクール制度への不信について語っていたのはルグリだった気がします。おそらく『パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ』(新書館)でのインタビューかと。国内にはルグリ関係の記事が多いのでちょっと不確かですが多分これです。
2011.04.05 | URL | #GO4Dvn22 [edit]

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